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粉屋の大阪to考想

大阪都構想否決を受けて、その辺をだらだらと書いてみます。大阪の政治状況も併せて書いていきたいですね。Twitter: KONAYA @PAN_KOYA

大阪自民の大阪戦略調整会議ってどやねん?<その2 大阪会議の歴史>

大阪会議

 今回は大阪会議に至るまでの一連の流れについて書いてみたいと思います。基本的には大阪市議会で、どういった形で条例案が出されたのかを都構想の流れを追いつつ見てみます。都構想を絡めるのは一緒に見ないと見えない部分もありますので。大阪府堺市も加えたかったんですが、全てを追っかけるのがさすがに大変なので省略しています。二重・三重行政反対!w

 

大阪会議条例案提出の流れ

平成20年(2008年)2月6日 大阪府橋下知事 就任(自民党公明党推薦)

平成21年(2009年) 大阪会議の前身、「大阪広域戦略協議会」の協議が大阪府大阪市堺市の議員団で始まる?(花谷議員発言から)

平成22年(2010年)2月   定例会本会議などにて橋下知事から大阪都構想についての発言。マスコミに「橋下知事の都構想」として報道される

平成22年(2010年)4月19日  大阪府選挙管理委員会に政治団体「大阪維新の会」として届け出をし、団体結成。

平成22年(2010年)12月5日 大阪会館で統一地方選挙に向けた自民党大阪府連政策発表会を開催。府連の政策についての中で大阪広域戦略協議会が出ている。またこの発表会で花谷議員が協議会について触れている。

平成23年(2011年)4月10日、24日 第17回統一地方選挙 維新大阪都構想を掲げ、大阪府議会、大阪市会、堺市議会で103名当選

平成23年(2011年)11月27日  大阪市長選挙・府知事選のダブル選挙 橋下市長・松井知事当選

平成23年(2011年)12月27日 府市統合本部発足 

平成24年(2012年)3月2日 維新大阪市会財政総務委員会において、第167号 大阪にふさわしい大都市制度の推進に関する条例案 の付託

平成24年(2012年)3月7日 大阪自民の府議会議員団が大阪府議会に「議員提出第三号議案 大阪広域戦略協議会を設置する条例制定」を提出。本会議にて奴井府議員(大阪自民)趣旨説明

平成24年(2012年)3月13,21,日 大阪府議会総務常任委員会で「大阪広域戦略協議会」条例案の質疑。21日の委員会で花谷議員発言「(大阪広域戦略協議会は)一昨年(2009年?)から三議員団で協議してきた」の発言

平成24年(2012年)3月23日 「大阪広域戦略協議会」条例案、大阪府総務常任委員会で反対多数、本会議にて賛成少数で否決。賛成:自民、民主 反対:維新、公明、共産

平成24年(2012年)3月28日 「議員提出議案第9号、大阪広域戦略協議会を設置する条例案」を大阪自民が大阪市会に提出。本会議にて柳本市議(大阪自民)の趣旨説明。井上議員(維新)からの委員会省略の動議、異議なしとなりそのまま採決。大阪市本会議否決 賛成:自民、みらい 反対:維新、公明、共産 堺市議会では「大阪広域戦略協議会」条例案は提出されず。

平成24年(2012年)3月28日 議案第167号 大阪にふさわしい大都市制度の推進に関する条例案 大阪市本会議で原案可決 賛成:維新、公明 反対:自民、みらい、共産

平成24年(2012年)4月1日 大阪にふさわしい大都市制度の推進に関する条例 施行

平成24年(2012年)4月27日 大阪にふさわしい大都市制度推進協議会第1回開催

平成25年(2013年)1月18日 大阪にふさわしい大都市制度推進協議会第7回開催(法定協議会に移行)

平成25年(2013年)2月27日 大阪府大阪市特別区設置協議会第1回
平成26年(2014年)5月23日 第186回通常国会参議院本会議において地方自治法改正可決、成立

平成26年(2014年)10月1日 維新大阪市会財政総務委員会 第333号 特別区設置協定書の承認について を付託

平成26年(2014年)10月16日 大阪自民、大阪市会財総務委員会「大阪戦略調整会議の設置に関する条例」(案)を付託(府議会、堺市議会でも同様の動き)

9月25日 大阪府議会(花谷議員)10月26日 大阪市会(柳本議員)12月8日 堺市議会(山根議員)趣旨提案説明

平成26年(2014年)10月27日 第333号 特別区設置協定書の承認について 本会議否決 賛成:維新 反対:自民、公明、みらい、共産

平成27年(2015年)2月27日 維新大阪市会財政総務委員会において、議案第174号 特別区設置協定書の付託

平成27年(2015年)3月13日 大阪市会定例会議において議案第174号 特別区設置協定書の可決、承認 賛成:維新、公明 反対:自民、みらい、共産

平成27年(2015年)3月19日 大阪府大阪市特別区設置協議会第23回(最終)

平成27年(2015年)4月12日、26日 第18回統一地方選挙

平成27年(2015年)4月29日 「大阪戦略調整会議の設置に関する条例」(案)、継続審査のまま当該 議会議員の任期切れの為、廃案

平成27年(2015年)5月17日 特別区設置住民投票 否決

平成27年(2015年)5月29日 大阪自民、大阪市会本会議「大阪戦略調整会議の設置に関する条例」(案)を提出(府議会5/28、堺市議会6/3提出)

平成27年(2015年)6月10日 「大阪戦略調整会議の設置に関する条例」(案)、大阪市会本会議にて、共産以外の賛成で可決(府議会6/11可決、堺市議会6/24可決)

平成27年(2015年)6月11日 「大阪戦略調整会議の設置に関する条例」(案)公布

             大阪市議会6/11、大阪府議会6/16 、堺市議会不明

平成28年(2016年)4月1日 調整会議設置期限

 

 書いてる時点(6/10)で大阪市会本会議で大阪会議の条例が可決されました。修正案にするそうですが、現時点では改悪だと考えています。ちゃんと修正案として出てきたらまた評価をしてみたいと思います。

 では、大阪会議の歴史について振り返ってみましょう!まず大阪会議の前身は、大阪広域戦略協議会というものを大阪自民は考えていました。この時点では、大阪広域戦略協議会は、大阪会議とは違い、「会議体」ではなく「協議体」でした。ちょっとこの大阪広域戦略協議会の条例案 を見てみましょう。

 

(設置)
第一条大阪府域に係る広域行政課題について、これまで大阪府(以下「府」という。)と地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項に規定する指定都市(以下「指定都市」という。)である大阪市堺市が、それぞれの権能で事務処理を行い、政策的に協調していくための協議の場をもたず、政策に一体性を有しなかったことへの反省に鑑み、府は、大阪市及び堺市と協議の上、政策協調のための協議機関として、大阪広域戦略協議会(以下「協議会」という。)を設置する

(赤字、PANKOYA)

 

  大阪広域戦略協議会の基本構造は大阪会議と同じで、大阪府大阪市堺市が集まり、人員構成も同じような形で30人になっています。しかし、ここでは「協議会」になっているのが特徴です。協議体なので、採決なども多数決で決するような形にはなっていません。しかし、赤字の部分なんですが、なんだ、ちゃんと現状認識してるじゃないですか。なぜ、大阪会議の条例ではこの部分を削ったんでしょうね?維新が府市統合本部を作って府市協議の場を作ったからでしょうか。とまあ、嫌味はこれぐらいにして大阪会議の流れを追ってみましょう。

  大阪広域戦略協議会ですが、大阪自民がいつから提唱してるのかは正直判りませんでした。太田知事時代の都構想などの時期にはおそらく原型はできていたでしょうし、「道州制導入」「ONE関西 」などのフレーズの中にもちらちら見えます。私がいろいろ調べた範囲の中で、大阪広域戦略協議会が「都構想の対案」として位置づけをされだしたのは、2010年の11月での自民の勉強会の資料の中で明確に対案として位置づけられてるのが最初です。公式にそれが現れたのは、2010年12月5日の統一地方選挙に向けた自民党大阪府連政策発表会で、花谷府議の発表の中に発言があるのが最初になるかと思います。

 

youtu.be

 (5分~)

 

 この後、2011年の4月の地方統一選挙と11月の知事市長W選挙で、維新は躍進します。維新は「大阪にふさわしい大都市制度の推進に関する条例」案を2012年の2月に府議会、3月には大阪市議会の方で提出しています。大阪自民は同時期に対抗するように大阪市議会、府議会、堺市議会にそれぞれ「大阪広域戦略協議会を設置する条例」案を提出します。大阪広域戦略協議会の方は、反対多数で廃案、維新の方の大都市制度の推進に関する条例は可決され、都構想が動き出します。大都市制度推進協議会が開かれ、具体的な都構想の内容が協議されていきます。これは、後に法定協へ移行し、特別区協定書が制作されました。完成した特別区協定書は市議会に回され、2014年10月1日に、維新は「特別区設置協定書の承認について」という形で条例を提出しました。2週間後の10月16日に大阪自民は、「大阪戦略調整会議の設置に関する条例」(案)を市議会に提出します。ようやく大阪会議が出てきましたが、また維新が動いた後に出すわけですね。で、この大阪会議の条例案ですが、審議を数回したのちに、2015年1 月 30 日の本会議で継続審査とすることに決した以降は、継続審議のまま放置されます。(維新の守島議員の大阪会議への反対討論です。)結局、この条例案は2015年4月の統一地方選挙で、提案者である市会議員の任期切れに伴い、廃案となっています。3つの議会に提出された都構想の対案である条例案がこの扱いというのは非常に理解に苦しみます。本当に有権者へのポーズだけだなぁと。「大阪自民、都構想への対案である大阪会議条例案を議会に提出」とマスコミが書いてくれたらそれでOKなんでしょう。正直、その程度のポジションの条例で、まさか今回、可決されることになるなんて大阪自民は想定していなかったでしょうね。その後は、5月17日の特別区住民投票の否決されました。しかし、多くの賛成票を入れた有権者へのポーズとして、5月29日に大阪自民市議団は、「大阪戦略調整会議の設置に関する条例」を条例の施行日だけを変えて、他は全く修正せずにそのままの条例案を再提出しました。最初の審議は6月5日、大阪市の財政総務委員会(平成27年6月5日 財政総務委員会インターネット録画放映にて行われたのですが、維新は賛成、大阪自民は態度保留でした。

 前にも書きましたが、本当にこれはあり得ないんですよ。なぜ自分が提出した条例案に態度を保留できるのかと。自分自身が出した条例案にたとえどんな理由があろうとも、態度保留なんてありえません。賛成以外ない。もしあるとしたら、それは協議中に条例案の中に明確な間違いを指摘され、自分が条例案に間違いがあると自認した時だけです。修正が必要なのですから、その場合なら態度保留はわかります。この条例案が提出されるのは二度目です。より正確にいうと三度目ともいえます。しかも全く同じ内容で出されています。二度目の提出になる今回の協議で出された指摘なんて、そのほとんどが前回の討議で出ているんですよ。しかも大阪府議会、大阪市議会、堺市議会で、三重に討議している。条例案に対する討議は、やりつくしたと言っていい。その上で、再提出時に条例案に修正箇所がないのなら、それまでに指摘されたことは条例を修正する必要がある問題ではなかったということです。そして、大阪自民はその条例案が完璧なものだという認識だということです。しかし、6月8日に大阪自民が大阪会議の条例案を修正するという報道がなされます。最初の審議から、二日後です。大阪自民は6月9日の大阪府議会総務常任委員会において、大阪自民の花谷府議から次のような発言がありました。(森 和臣議員(維新)の質問のところになります。大阪府議会 議会中継 )森議員からの質問は、なぜ、以前に出した条例案と全く同じ形の原案をそのまま出したのか?と言ったものでした。それに対して、大阪自民の花谷議員は以下のように答えています。

  

定例会というのは会期が決まっている。それならば大阪会議の条例案を原案のまま出して、叩き台として協議してもらい、定例会の閉会中に、それぞれの会派が修正案を持ち寄って協議し、(次の定例会になる)9月定例会の冒頭に大阪府議会、大阪市議会、堺市議会でそれぞれ可決すればいいのではないか?

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 叩き台として条例を出すというのが信じられません。条例というものにかかっているのは住民の命です。特にこの大阪会議では、大阪全体の防災についても話し合われます。南海トラフによって引き起こされる津波に対処するための防波堤もその中に含まれます。本当に信じられません。大阪自民が言っていることは、大阪自民の都合だけです。条例に修正が必要であるという認識、もしくは余地があると思われる箇所を抱えているのであれば、それは当然、修正して出すのが当たり前です。

 これ以外にも公明党議員との条例修正点での出来レースな遣り取りや、調整会議に対するとらえ方と大阪会議を総務省の省令を待って調整会議に修正するなども委員会の前半で述べています。が、もう突っ込む気にもなれません。 本当にひどすぎるよ。大阪会議の有用性について、大阪自民の議員で信じてる人って本当にいるの?今頃、飲み屋で「可決しちゃったよ、どうしよっか?ガハハハ」とかやってそうで本当に嫌になる。

  希望通り、大阪市議会では可決はしましたが、引き続き、定例会閉会中に財務総務委員会で大阪会議について協議するそうです。だけど、本当に何かその委員会で一つでも決まることってあるのかな?もうそれすら希望が抱けません。

 

 ※ 2015/6/27 年表修正 大阪調整会議関係